ラノベの典型の中で馬鹿にされがちな要素のひとつに主人公のハーレム形成があるだろう。主人公がいい人だとか孤独でかわいそうだとか趣味があうとか言うくらいで、あるいは場合によっては特に理由も無く、次から次へと思いを寄せる美少女があつまってきて、ハーレムができる。これが読者に人気のでる構造となっている事自体にはなんの不思議も無い、と言うか論じるだけ馬鹿らしいが、作品ごとのハーレムが構成されてゆく要因分析していたらなにか面白い事が見えてこないか。で、以下。
1)純愛展開の行き詰まり打破型
基本は主人公とヒロインの純愛を物語の恋愛パートに当てるが、それだけでは単調になるので「恋のライバルが現れ主人公をとってしまいそうになりみたいな感じでいつのまにか三角関係になり……」と言うのはまあラノベどうこうでなく世の中のすべての物語の典型といっても良いほどの基本パターンだろう。しかしそれもまた単調になってしまい打破するためにさらに思いを寄せる女性キャラクターを増やしてと思ったとき、それが一般小説なら「そんな馬鹿な」となるところをラノベのセカイ構造なら許されてしまう。そんなゲームみたいな話が馬鹿らしいとはならないで、むしろそれがセカイ構造として望まれてるとしたら、ハーレムは簡単に生まれてゆく。現実世界にそれがありえることかどうかというのは必須ではないのだから。
(かつては物語にリアルでない舞台を設定しようとすると、未来なの異世界なのこの世界に隠れた秘密の組織なの、我々の世界とそのセカイを結ぶ理由が必要だった。基盤は我々の世界、我々の個物にあった。しかしセカイは今は「ある」ものとして何の説明もなくあっても良い。そこはリアルとは違う物として前提も無くそこにあってもよい。ハーレムのために、ハーレムが許容されるセカイがあってもよい。現実の個物よりひとつ上のクラスを基盤としている物語であれば、それはあっさりと許容される。なので物語の要望によりハーレムは出来上がる。これは以下のどの型でも共通の前提)
2)決めれないので増える型
オスカー・ワイルドが言った言葉で(引用不正確だが)「男の魅力は独身であることにつきる」見たいなのがある。まあワイルドが言ったというのを深読みすると腐の意味がでてくるがそれはおいといて、主人公と結びつく相手が決まっていないので次から次へと別の少女がやってくると言うのはまた型としてあるのかなと思う。いろいろな少女から主人公は好意を寄せられるが鈍感で気づかない。なので次々に思いを寄せる少女が増えてくる。作中の主人公は鈍感のためその好意に気づかないが、神の視点をもつ読者は主人公が好意を寄せられているのを知っているのでハーレム物語を楽しむことができる。作中の「現実」をでなく紙面の「こっち側」でこそ成立するハーレムと言うのも変なものだが、この視点も含めての物語なんだろうなきっと。読者も物語のうちに入ってゆく仕掛けがその中にないか。あとこれは誰が主人公を射止めるのだろう、その理由はみたいなミステリー的な構造もつくれそうだな。
決めたけど理不尽な理由で断られて、でも本当はまだ好きなんだけど見たいなのが最近、人気二作品で使われてたな(まよチキと俺妹)。物語が継続するためにはこの決めないというのがやはり必要なのかもしれない。主人公の恋も申し訳ないが物語が終わるまで待ってということか。しかしなぜ決めれないのか物語が進んでもあいまいなままの電波女みたいなのになると物語がそのせいでいきずまっているように見えるな。
3)ただしイケメンに限る型
主人公は本来ならモテモテの男子だったはずが何らかの理由でもてない状態になっているという都合の良い前提があって、なぜかその理由を乗り越えて彼の枠の中に入ってきた少女達が彼の本来の魅力を見て好意を寄せる。ハーレムができる。入ってきた少女はその枠からはなかなか出て行かないのでメインヒロインが決まっても他のヒロインは彼の事をあきらめない。まあ2が併用されている場合が多いと思うが。
別に普通の学園生活を描いてその中でモテモテの男子を描いても良いのだろうが、それだとバリエーションにもかけるので、なんらかのもてない状況を作り出すという前提が良く作られるのかもなと思う。
別にイケメンでなくても外見が(行動が)いけてなくても本当の「あなた」が見えた場合に少女達が集まると言うのもこのパターンのうちだよなと思う。
はがないはこのパターンと2のパターンの間のような描写と思ったが、実は気づいていたが友情を壊したくないため鈍感になっているというのがどうもあるようだ。また西尾の物語シリーズだと典型的なここのパターンのような気がするが鈍感も併用しているしヒドインが強烈なせいでなんか典型を越えているというのかな。
4)周りが女だけ型
何らかの理由で主人公男子は女だけの集団の中に入ることになる。女から見て男は彼一人なのでメインヒロインが決まりかけても他の女子はあきらめない。普通なら馬鹿なとなってもラノベ構造なら許されるのか。まあ現実世界にもそういう羽目(女だらけの職場に男一人)になっている人も無いではないだろうが、と言うかそういう状態になっている人と話したことあるが、かなり辛いだけでラノベの様にはならないようだね。
この状態でヒロインが一人に決まると言うのは恋愛物語としての終了を意味するし主人公の女集団の中での人生の終了を意味するのでこれも2が併用されているのが殆どか。
5)相手が人間ではない型
主人公に好意を寄せる少女達が人間じゃないのなら人間の常識も倫理も一旦棚上げで良いのでハーレムができても良い。あるいはそういう倫理形態の社会(国)に住む人間の少女達でもよい。ともかく主人公が日本の(中高生の)倫理形態から外れた状況に入り込めば良いだけなのでハーレム形成における設定の矛盾はおきにくい。1に必要な背景がこれの場合があるということかな。
6)主人公がいっぱい型
読者が感情移入できる主人公みあいの人物がいっぱいいてそれぞれがカップルか三角関係くらいの穏当な状態になっていればそれぞれの主人公みあいの人物が合計されて読者の写し身になっていれば、読者にとっての擬似ハーレムが成立する。もともとここで述べてるハーレムは創作物の虚構の中での擬似ハーレムなので複数の主人公をすべて読者が自分のことと思ってくれればその効用は変わらないのでは。またこれなら設定も破綻起こりにくいのでうまく使えれば効果的なのかも。もっとも冷静に考えれば、客観的にこれは単に普通のラブコメとかと区別つかないのではと思うというか、これまでハーレム定義にするとラブコメは殆どハーレムになってしまうような気もするが……実は同じ人物でしたとかいうのでも良いかな。そんな話あるか知らないが。
他もありそうだがとりあえず現時点では類型の分類はこのくらいに。
ハーレム形成は必須は2で、他はその物語上の必要性から補強に使われるように見えるな。
しかし、そして、このハーレムが(人気が出ると言う他に)使われている意味は何なんだろう。
複数のヒロインが作れて、それにそれぞれのファンがついたり、主人公との恋愛成就を望む「押し」ヒロインをやはりいろんな趣向の人がそれぞれの考えで選択すれば、or的にファンが増えるので読者数を増やすのに利があるとか、誰が犯人(本当の恋人)だ的なミステリー的な構造も入れれて物語をその方面でも魅力を増やしやすいとか、テクニック的、マーケッティング的な話は勿論あるだろう、しかしそれ以上のメッセージが実際はここにあるのでは。
それはばさっと言い切ってしまえば「選択」ではないだろうか。
それぞれの成長の速度にもよる10代から20代前半に突きつけられる可能性のなかからの選択。それをハーレムに投影するのは少々下世話かもしれないが、そんな(この貧しい現実の制約も越えた)可能性の中からの選択、少女達に投影された可能性の中からの主人公の選択、少女に物体化しているが、もっと抽象化されたテーマがあってその中のサブシステムとしてのこのハーレムとその収束と言うテーマがあるのかなと言うような気がする。
他にもこういう抽象的なものが人物やガジェット、構造になって入っているものは多そうだな。まあまた思いついたら……
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